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坂口 緑 教授(専攻 生涯学習論)

(1) 社会学とはどのような学問とお考えですか。

私は大学で哲学を学びました。二年生のとき、一般教養の授業で社会学を学びました。そこではデュルケームの『自殺論』とウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』を読みました。数回、授業に出ただけで、社会学とは自殺や倹約についてあれこれ言うことかと私は早合点してしまいました。個人の意識を社会の問題として扱うなんて、なんだか妄想じみていると思ったのです。浅はかな私は、そのまま大学を卒業しました。

しかし大学院に進学した頃から、ものの見方が変わり始めました。大学院では様々な分野を研究している研究者に会いました。様々な分野の著作を読む機会にも恵まれました。すると、面白そうと思って話を聞きたくなる研究者や魅力を感じる著作の多くが、社会学と強い関連をもっていることに気づきました。その頃になってやっと、個人が社会の諸関係と無縁に個として存在するのかどうかということ自体が大問題なのだと、実感できるようになったからでしょう。自分が面白いと感じて始めた、自己と教育、自己と社会の関係を読み解く研究も、あたりまえのことながら、社会学に当てはまるのだとようやく気づきました。現在は、社会学の歴史や諸領域、隣接する学問分野にも興味津々です。

社会学は間口の広い学問です。理論的アプローチも実践的アプローチも可能です。政治、経済、法律、宗教、教育、家族、自己、性など、多くの領域にまたがっています。たとえば電話だと言いにくいことがなぜメールなら言いやすいのかという疑問も、多くの男性が悲しいときも寂しいときも怒るのはなぜかという疑問も、グローバリゼーションによって国家の意義はどう変化するのかという疑問も、社会学では同じくらい大切に扱います。どの疑問も、当事者だけの問題ではなく、広義の社会と強く関係しており、その点で質的な差はないからです。

このように、社会学とは、あらゆる事象を関係の観点から捉える学問です。自殺も倹約も、さまざまな要因から成る関係の網の目のなかで浮かび上がる事象のひとつです。社会学の巨匠たちは、世の中の事象にたいして抱いた疑問を、それぞれの方法を用いて、背後にある要因や関係を読み解き、解明しようと努力してきました。社会学をまなぶと、世の中の事象にたいして今よりずっと多くの疑問を抱くようになるでしょう。そして、その疑問を解明しようと、じたばたするでしょう。自明だと考えていたことが単なる思い込みだと暴露されるかもしれません。価値観や感情、意識のレベルまで、社会的なものが密接に関係することがいやでも見えてくるのかもしれません。自明なことを疑い、思い込みの度合いを明らかにし、疑問を解明していく。社会学を学んでいると、このプロセスを実感するようになるはずです。

(2) 先生が専攻されている、あるいは、この大学で学生に教えられている社会学とはどのような学問ですか。

私は生涯学習論を研究しています。生涯学習論とは、人間の一生をとおしておこなわれる教育の過程について考える学問です。一般的に、生涯教育にはタテとヨコの軸があると説明されます。タテの軸とは、ひとりの人が生まれてから死ぬまでの時系列を指します。乳幼児期、児童期、青年期、成人期、老年期と大雑把に区分できるような時間の流れです。ヨコの軸とは、社会のなかでのさまざまな教育機会を指します。学校だけでなく家庭や職場、団体、地域、図書館や美術館といった施設、各メディアなどにわたる場の広がりです。

私が面白いと感じたのは、生涯学習論が疑問に満ちあふれる領域だと発見したからです。生涯教育学は、1960年代に提案されるようになった新しい学問です。従来、教育は、学問上も行政上も家庭教育、学校教育、社会教育と区別されてきました。そこでは、伝統的な社会が前提となっていました。伝統的な社会には、伝統や慣習、個人の選択規準、共有された価値観などを継承したり淘汰したりする機能がそなわっていました。わざわざ「教育」する必要などなかったのです。ところが、近代化がすすむにつれ、伝統的な社会のもつ機能をあてにできなくなってきました。核家族や単身世帯の増加、職業観の変化、性別役割分業の限界、政治・経済システムの変化により、わざわざ「教育」しないと実現しないだろう課題が増えてきた(と言われるようになった)のです。たとえば、コミュニティの形成、生き方モデルの探求、職業生活の向上、余暇の過ごし方、社会参加や政治参加の促進といった課題です。しかし、これらのことはほんとうに「課題」なのかどうか、ほかの「課題」はなにか、これらの課題にどうやって対応すればいいのかなど、たくさんの疑問が次々にわいてきます。

生涯学習論は、疑問に満ちあふれた領域です。しかも、多くの分野の知見を総動員しつつ、一から自分の頭で考えなければならない学問です。余白だらけで、まだまとまっていません。ですから、いままでどのように考えられてきたのかを検証するのも、また、これからどんな社会が望ましいのかを夢想するのも、意外に重要なアプローチのひとつです。他方で、地方自治体を中心に、「生涯学習センター」といった名称の施設が林立しているという現実もあります。このような施設のなかで、どんなプロジェクトが進行しているのかを調査する研究も欠かせません。このように、生涯学習論は、理論的アプローチと実践的アプローチとがともに要求される、社会学の一領域なのです。

(3) 1~2年次で読んで欲しい本

  1. 入門書と古典の両方を紹介します。①『論文の教室』(戸田山和久 NHKブックス 2002) 1年生春学期の期末レポートを書く前に一読を。これを読めば「『広辞苑』によれば・・・」という書き出しの、残念なレポートを書かなくてすみます。早め、早めに、ほんとうに、ぜひ。
  2. 『考える力が身につく社会学入門』(浅野智彦編 中経出版 2010) 大学で使う教科書の他に、1,2冊、日本語のライトな教科書を手元に置いておくこともお薦めします。同じ編者による『図解 社会学のことがおもしろいほどわかる本』も役立つと思います。そしてライトな教科書は早々に切り上げ、よりヘヴィなものへと移行しましょう。
  3. 『社会学 第五版』(A.ギデンズ 而立書房 2009) ヘヴィな教科書の代表がこの本です。ページ数も1,000頁超え。リアルに重いです。携帯電話とかフリーターとか、ドメスティックな例に終始する先の本に比べ、グローバル化、エスニシティ、貧困といった、ワールドワイドな例が満載です。英語圏の多くの大学で実際に使用されている教科書です。この本を読んで世界の常識を身につけましょう。
  4. 『社会学文献事典』(見田宗介他 弘文堂 1998) レポートを書く、本を探す、という時に使える本があります。大御所社会学者たちが見開き2−4頁で有名どころの文献1,000冊分を解説してくれている便利な事典。もう購入できないので、図書館で利用してください。万が一、古本屋で見かけたら、迷わず買ってください(きっと高いけど)。定価15,000円だった事典ですが、Amazonの中古市場で常に2−3倍の値がついているようです。
  5. 『監獄の誕生』(M.フーコー 新潮社 1977) では文献事典の助けも借りつつ、社会学の古典を読み始めましょう。学校と病院と監獄って、同じ範型にもとづく施設だとご存じでしたか? 私は大学三年生のときにはじめて知り、たいへん驚いたとともにすごく納得しました。ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義』、そしてデュルケームの『自殺論』も読むべき古典ですが、その次がこれではないかと思います。
  6. 『啓蒙の弁証法』(M.ホルクハイマー=Th.アドルノ 岩波書店 2007) ぜひ読んでほしいのが、この本の中の「啓蒙の概念」という論文、そして「文化産業──大衆欺瞞としての啓蒙」という論文です。すぐれて近代的な概念である「啓蒙」という考えについて思いを巡らせるためには、出発点としてのカント『啓蒙とは何か』(岩波文庫 1974)、そして一風変わったフーコーの「啓蒙とは何か」(『フーコー・コレクション6』所収 ちくま学芸文庫 2006)も併読すると完璧です。
  7. 『マルチカルチュラリズム』(C.テイラー他 岩波書店 2007) 国民国家と多文化主義、自由と平等の両立。そのようなトピックスに関心を持っているならば、読むべき一冊はこれ。テイラーをはじめ、ウォルツァー、ガットマン、ハーバーマスらの論考がそろっています。
  8. 『公共性の構造転換 第二版』(J.ハーバーマス 未来社 1994) 近代初期における「市民的公共性」の成立と後期資本主義社会におけるその変容を描き出した一冊。公共性の歴史を知るための必読文献。
  9. 『遺産相続者たち』(P.ブルデュー=J.パスロン 藤原書店 1997) 社会階層と学歴資本の強い関係性を指摘するブルデューらの研究。ブルデューの本はどれも面白いのですが、大学生のうちにぜひ読んでおいてほしい大学生についての論考です。
  10. 『心の習慣』(R.ベラー他 みすず書房 1991) 今から30年ほど前に実施された、200名のアメリカ人へのインタビュー。生きる指針に関する質問に、人々は、時に、聖書の、市場の、アメリカンドリームの、あるいはセラピーの言葉を用いて、人生を語り出す。続編『善い社会』(R.ベラー他 みすず書房 2000)もとても示唆的。

(4) 3~4年次で読んで欲しい本

    新書を中心に10冊選びました。三~四年に限らず、いつでもどうぞ。
  1. 『それでも日本人は「戦争」を選んだ』(加藤陽子 朝日出版社 2009) 国際関係論的に日本近現代史を読み直すという視点が2000年代導入されてきました。そこで、「戦争」。小学生以来、私たちに注入されてきた「戦争反対」や「平和」をひたすら念じる態度も、それはそれでとても重要なのですが、大人になって、歴史を知って、もう一度「戦争」を相対化する視線もそれ以上に重要だと思います。
  2. 『現代日本の転機──「自由」と「安定」のジレンマ』(高原基彰 NHKブックス 2009) 現代日本をどのように相対化するのか。それはそれでかなり難しい課題なのですが、自分なりの見取り図を描くために、とっかかりが必要だと思います。まずはこれ。1973年が転機だった、という説を掲げ、政治経済的な変化をたどります。次に『ストリートの思想』(毛利嘉孝 NHKブックス 2009)。この本では転機は1990年代だったそうで、特権的な「大学」的な知がストリートへと移行したのだという説が展開されます。最後に『日本の現代思想──ポストモダンとは何だったのか』(仲正昌樹 NHKブックス 2006)。転機は1980年代だったようだ、という仮説を立て、日本の輸入思想がどのように消費されたかを解説します。
  3. 『ベーシック・インカム入門』(山森亮 光文社新書 2009) 福祉国家をめぐる議論の、ひとつの極として提出されている代案。入門書としても読みやすいし、そのうえ世界の議論が網羅されています。
  4. 『ルポ 貧困大国アメリカ』(堤未果 岩波新書 2008) 貧困は人を選択肢のない状態にいとも簡単に追い込むことができる。だから、大学にいける、医療保険にも入れるというリクルーターの言葉を信じて軍隊に入る若者は跡を絶たず、仕事と割り切って戦場に派遣される男女も引きを切らない。貧困を温床に「民営化」された戦争が成立するアメリカ。これはアメリカだけの話なのだろうか?
  5. 『「自分探し」の移民たち』(加藤恵津子 彩流社 2009) 息苦しい日本社会から脱出したくてワーキングホリデーでカナダに出かけるアラサー女子。彼女たちの焦り、不安、迷いに寄り添い、出口のない迷路を整理しながらガイドする一冊。移民することの選択肢が中流家庭の若者にも突きつけられる、とても現代的な日本の問題です。
  6. 『大人たちの学校──生涯学習を愉しむ』(山本思外里 中公新書 2001) 映画『下妻物語』では、土屋アンナ扮する「ヤンキー」が特攻服をジャスコで購入しています。ジャスコには何でもあるのです。たしかに多くのジャスコにはカルチャーセンターもあって、それは自治体主催の講座や公民館に並ぶ、主要な生涯学習の拠点となっています。カルチャーセンターの歴史を知れば知るほど、お稽古ごととしての学習の歴史が日本には蓄積されてきたことを思い知ります。
  7. 『愛の労働あるいは依存とケアの正議論』(E・F・キテイ 白澤社 2010) 議論が複雑でまだよく理解できていないのですが、正義に対する別の原理たるケアに、理論的根拠を与えようとしている哲学者の代表作。ケアされて今の自分があること、やがてケアをする人になること、そしてケアされるようになってこの世を去る。そんな人間観は、たしかにカントの自律とは対極にあるのです。
  8. 『創られた「日本の心」神話』(輪島裕介 光文社新書 2010) 船村徹の土着戦略、冗談としての浪曲、都はるみの唸るコブシは弘田三枝子の影響という歌謡トリビアなど、ものすごくページターナーな一冊。演歌における下積み、苦労、花柳界といったフィクションをあぶり出す手法は、すぐにまねできないにしても、「文化」を分析したい人には確かな導きになるでしょう。
  9. 『希望難民ご一行様』(古市憲寿 光文社新書 2010) こんな研究もあるんだ、と思わせる本で、すぐ読めます。ここまでカジュアルでなければならない理由は不明ですが、社会学らしい本です。
  10. 『地域再生の罠──なぜ市民と地方は豊かになれないのか?』(久繁哲之介 ちくま新書 2010) 客もまばらなコンサートホール、無意味に立派な庁舎、動員しないと人が集まらないなんとか祭り。財政厳しい地方自治体で無駄な建物とイベントに血税が費やされる、その構造的な要因を、詳細にレポートしてくれる貴重な本です。底上げされた経済効果を見せる恥知らずな「コンサルタント」頼みの計画や、近隣自治体の顔色をうかがう前例主義。思考停止状態をやめるしかない、と強く思います。

(5) 先生の代表的な著書または論文を二つか三つ教えてください。

  1. 「エッチオーニとガルストン」(有賀誠他編 『ポスト・リベラリズムの対抗軸』 ナカニシヤ出版 2007)
  2. 『テキスト生涯学習』(坂口緑他編著 学文社 2008)
  3. 「承認をめぐる教育」(宇野重規編 『つながる』風行社 2010)