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柘植 あづみ 教授(専攻 医療人類学)

(1) 社会学とはどのような学問とお考えですか。

私は理学部を卒業して実験系の仕事に就きましたが、その後、生命倫理(バイオエシックス)を知り、さらに科学社会学や医療人類学といった学問と出会い「こんなおもしろい学問もあるんだ」と感激し、30歳を目前にして専攻を変えました。それ以降、自分が疑問に思う社会現象について調査し、考えてきました。困るのが「ご専門は何ですか」と尋ねられるときです。どんな研究テーマで、どんな研究手法を用いて研究しているかなら、興味をもってもらえるように説明できますが、どんな学問領域にもまたがり、でも主流ではない研究なのです。そこで受け入れて、研究発表のチャンスをくれたのが社会学だったのです。ですので「社会学とは何か」という問いには、なんでもありの学問と答えたいです。

私なりの理解では、そこで生活している人たちが「当たり前」だと思っている常識を疑い、なぜ、それが常識になったのか、それが常識になった結果どのような社会が存立しているのかを考えていく学問だと思います。そして、その社会の「常識」によって権利が侵害されたり、その社会を窮屈だと感じていたりする人の声を聴き、権利擁護に少しでも貢献しようとしている学問だと思っています。

 

(2) 先生が専攻されている、あるいは、この大学で学生に教えられている社会学とはどのような学問ですか。

 

私の専攻は、あえていうなら医療人類学という学問領域です。これは、医学/医療や生命科学技術を、その背景にある文化・社会の中(文脈)に置いて、その意味・意義・問題点を考える学問です。

現在の関心は、体外受精や人工授精などの不妊治療、胎児検査や遺伝子検査、クローンを含む再生医療、治療が難しいとされている病気/障害、生活習慣病など、その患者と家族がどのように病気に苦しみ、いかに対処しているか、一方、医療者は病気にどう対処しようとし、患者とその家族にどう対応しているかです。そこから、どうして医療や生命科学技術が進展するのかを、それぞれの当事者にインタビューして、そこから「社会」や「文化」について考えています。

担当講義は開発と健康の社会学、医療と身体の人類学です。これらの講義の鍵となる概念のひとつが「医療化」です。「医療化」とは、それまで医療の対象にはなっていなかった人間や社会のある状態を医療の対象としていくことです。たとえば、出産や老化など、過去には日常的に対処されていた事柄が、医療の対象になりました。そのことが、社会にいかなる変容をもたらし、そこに生きる人たちの考え方や関係性をいかにどん変えたのかを検討していきます。そこから、人間が生まれて成長し、病気や障害をもったり、妊娠・出産、不妊、避妊や中絶などのリプロダクション、年をとることを、実際の現象を観察し、話を聞いて、社会・文化を見る力を養うことを目的にしています。

(3) 1~2年次で読んで欲しい本

    これはとても多くあります。さらに病気が背景にあるものを思い浮かべると無数にあるとまでいえます。ですので、最初にして欲しいことは、普段読んでいる、観ている、聴いているものを点検し、この社会の中で、医療や医療者はどんなふうに見られているのか、病気の人や障害のある人はどんな風に描かれているのか、ステレオタイプ化していないか、いかにステレオタイプ化されて描かれたり、風刺されたり、ドラマティックに脚色されているのかを考えてみてください。お奨めがあれば私にも教えてください。
  1.  『子どもの文化人類学』(原ひろ子 晶文社 1979) 異なる文化において、子どもがいかに育くまれていくかを比較文化論的に描いた本。読みやすく、こころに響く。同じ著者の『ヘヤー・インディアン』(平凡社、1989)に描かれた、ヘヤーの人々の生き方、死に方は「文化とは何か」の示唆に富む。
  2. 生殖技術について
    『試験管の中の女』(リタ・アルディッティ他編 共同通信社 1986)
    『不妊―いま何が行なわれているのか』(レナーテ・クライン編著 晶文社 1991)
    『マザー・マシーン』(ジーナ・コリア著 作品社 1993)
    フェミニストの視点からの生殖技術批判の先駆け。当時、画期的だったのは、「先進国」の女と「開発途上国」の女の双方の視点を技術批判に取り入れようとした点。いずれも出版年が旧いが、新しい視点、考え方を得られる。
  3. 『いのちを選ぶ社会 出生前診断のいま』(坂井律子 NHK出版 2013)
    『子どもを選ばないことを選ぶ―いのちの現場から出生前診断を問う』(大野明子 メディカ出版 2003)
    胎児の段階で染色体や遺伝子、発達状況などを検査して、胎児の疾患や障がいがわかるいま、社会がいのちを選んでいるのではないか、という問いかけをする。
  4. 『ウェクスラー家の選択』(アリス・ウェクスラー 新潮社 2003) 中年期以降に発症するとされる治療できないとされている遺伝病のハンチントン病によって母を介護し、病気の治療を実現するために家族が努力し、その結果、遺伝子検査が可能になったが、それを受けるか否か悩む。もし、私ならどうするだろうか。
  5. 『ヒト・クローン無法地帯―生殖医療がビジネスになった日』ローリー・B.アンドルーズ
    『ヒューマンボディショップ』(キンブレル 科学同人 1995)
    いずれも、人体がいかに商品となっていくかが克明に記されていて面白いだけではなくて、驚き、考えさせられる。
  6. 『夜と霧―ドイツ強制収容所の体験記録』(V・E・フランクル みすず書房 1961) ナチス・ドイツの強制収容所を体験した精神医学者の著書。死と向きあわざるを得ない状況下での著者の冷静な観察眼に驚嘆する。もちろん『アンネの日記』(アンネ・フランク 文春文庫他)もどうぞ。
  7. 『ジェンダーは科学を変える?医学・霊長類学から物理学・数学まで』(ロンダ・シービンガ 工作舎 2002)
    『ジェンダーの神話』(A・F・スターリング 工作舎 1990)
    男女差の生物学的決定論を「科学的」証拠をあげながら崩していく。「なぜ、女は数学や自然科学に向かないのか」などという問いかけの愚かさがわかる。
  8. 『からだ 私たち自身』(ボストン女の本集団 松香堂 1988) 女性には、一人一冊もっていて欲しい女性のからだとこころについての事典。自分のからだに向きあう姿勢が良い。英語版は改訂を重ねて、新しい情報も加わっているが、残念ながら翻訳版は品切れ、各自治体の女性センター図書室には置いてあるはずです。

(4) 3~4年次で読んで欲しい本

  1. 『新版 隠喩としての病い/エイズとその隠喩』(スーザン・ソンタグ みすず書房 1992) 病いがもたらす身体的な症状ではなく、その隠喩の影響について鋭く指摘した書。「病気」を文化的・社会的文脈からみることの重要性がわかる。
  2. 『日本人の病気観~象徴人類学的考察』(大貫恵美子 岩波書店 1985) 日本に育ちアメリカで学者になった著者が、日本人の「病気」に対する観念を分析した本。日本人の意識や行動を理解した上で、文化相対主義の立場から分析する姿勢に学ぶところは多い。
  3. 『助産婦の戦後』(大林道子 剄草書房 1989) 助産婦という職業は、社会によってずいぶん位置付けが異なる。日本では、助産婦は女性の職業人として尊敬されてもきた。戦後の助産婦の地位はどのように変化したか、自宅分娩が多かった日本のお産が、なぜ、急激に施設分娩に変化したのかを明らかにしていく。『お産と出会う』(吉村典子 剄草書房 1985)や『子どもを産む』(吉村典子 岩波新書 1992)も必読。
  4. 『天皇の逝く国で』(ノーマ・フィールド みすず書房 1994) 著者は、日本人の母と米国軍人の父との間に東京に生まれ、アメリカで日本近代文学を教える学者。昭和天皇が病床に伏せる中で、沖縄国体で日の丸を焼き払った事件の当事者、殉職自衛隊員の夫の護国神社合祀に反対したキリスト者の妻、昭和天皇に戦争責任はあると発言して狙撃された元長崎市長を尋ね、彼らのように「こだわり」を表明する人々を排除してきた日本人の行動と心性に迫る。大島かおり翻訳の日本語が美しい。
  5. 『日本人の死のかたち 伝統儀礼から靖国まで』(波平恵美子 2004 朝日選書)
     『ケガレの構造』(波平恵美子 1984 青土社)
    日本人のケガレ観を、各地の葬送儀礼や病気、出産などをフィールドワークしてまとめた書。著者の鋭い分析は、文化・社会を観る際に、大いに参考になる。同じ著者の『いのちの文化人類学』(新潮選書 1996)は読みやすく、こちらから読み始めてもいい。他に『病気と治療の文化人類学』(海鳴社 1984)も興味深い。

(5) 先生の代表的な著書または論文を二つか三つ教えてください。

  1. 『生殖技術―不妊治療と再生医療は社会に何をもたらすか』(柘植あづみ 2012 みすず書房) 先端医療技術がもたらすのは「病気」や「障害」の解決手段としての「治療」だと考えられている。しかし「治療」をもたらすために不妊治療は精子や卵子の第三者からの提供、代理出産へと展開し、年をとって子どもができなくなることも「治す」対象にした。再生医療は「治す」ことに焦点をあてるあまりに、再生医療が進んでも治せない病気や障害は数多くあること、病気や障害があっても人間らしく、自分らしく生きることを治すことよりも尊重してほしいと話す人たちの存在を見えなくしていないか。生殖技術を多角的な視点から捉えて、人間とは何か、医療とは何か、そして社会とは何かの問題を提起した本。
  2. 『妊娠を考える <からだ>をめぐるポリティクス』(柘植あづみ 2010 NTT出版) 避妊手段が普及しても思いがけず妊娠することはある。逆に、妊娠を強く望んでもかなわないこともある。また、妊娠すればつねに出産に至るわけではない。かくも「妊娠」はやっかいである。本書では開発途上国の人口抑制政策下で女性の<からだ>がいかに政治的に管理・監視されてきたかから「妊娠」を考え始める。つぎに日本における出産の場所と助産者の変遷の理由を保健医療政策の歴史から検討する。さらに胎児の障害を調べる出生前検査をめぐって妊婦が検査を受ける/受けない、産む/産まないを決める要因をアンケートとインタビューの結果から検討する。最後に、子どもが欲しいのにできない「不妊」をめぐる女性と医師へのインタビューを中心に、体外受精、第三者からの提供卵子や提供精子、代理出産などについて考察し、なぜ女性が不妊に苦しむのかを探る。これまでの著者のこれまでの「生殖医療」をめぐる調査の結果を講義ノートから読みやすくまとめた。
  3. 『妊娠―あなたの妊娠と出生前検査の経験をおしえてください』(柘植あづみ・菅野摂子・石黒眞里著 2009 洛北出版) 妊娠中の検査で胎児のいろいろな状態がわかるこの時代に、妊娠するとはどんな経験なのか。なぜ、自分は産むとか産まないという選択をしたのか。その経験を振り返って、いま、なにを思うのか。そして、もしも胎児に障害があることがわかったら、どうしたのか。これは妊娠や出産を経験した375人の女性への詳しいアンケート調査と26人へのインタビュー調査結果をまとめた650ページもある本である。待ち望んでいて妊娠・出産した経験だけではなく、妊娠がわかったときに産むか産まないのかを真剣に迷った経験、流産や死産の経験、そして出生前検査によって胎児に障害があることがわかって悩んだ経験など、さまざまな妊娠をめぐる女性たちの声を丁寧に描いた。もしも胎児に障害があることがわかったら。その障害が出産後の手術などが可能なときとそうではないとき、障害のある子どもを産んで育てることを夫や医師がサポートしてくれるときとそうではないとき、自分ならどうするだろう、自分はなぜそうしたのか、そんな自問を続ける女性たちが、いまを生きるために語った経験が詰まっている。