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2002年度

レイナ・ラップ(Rayna Rapp)講演会
Cell Life and Death, Child Life and Death: Genomic Horizons, Genetic Disease, Family Stories

社会学部 付属研究所 調査・研究部門主催

  • 講師:Rayna Rapp (New York University)
  • 日時: 2003年2月1日土曜日 午前10時から12時まで
  • 場所: 明治学院大学白金校舎 3号館 3202教室
  • 主催: 明治学院大学社会学部付属研究所(調査・研究部門)
  • 参加費: 無料
  • 定員: 100名
レイナ・ラップ氏(Rayna Rapp)について

講師のレイナ・ラップ氏は、現在、ニューヨーク大学人類学部の教授で、フェミニズム医療人類学の立場から、いわゆる「科学・技術の社会研究」の独自の展開をこころみています。遺伝子研究、遺伝病の医療、胎児の遺伝診断など、遺伝子にかかわる科学「現場」において、患者や親へのインタビュー、遺伝に関するカウンセリングへの参与観察、研究所での参与観察にもとづき、人びとの文化的アイデンティティ、技術、(胎児を含む)様々なオブジェクト、技術への態度などが、相互に琢磨され構成されていく様子を丁寧に分析しています。2000年にRoutledgeより公刊された著書Testing Women, Testing the Fetusは、とくに羊水検査や超音波検診に焦点をおきつつ、そのような研究の一つの総決算になっています。そこでは、LatourやCallonの actant network theory、Harawayのsituated knowledgeの議論など従来の様々な科学の社会研究を土台に、独自の議論が展開されており、それは、医療人類学にとってだけではなく、社会と医療と科学・技術の関係を考えようとする者にとってきわめて重要な洞察に満たされています。

今回の講演も、遺伝学研究所における参与観察、および遺伝病をもった子どもの家族へのインタビューにもとづくものです。当日は、とくに通訳をつける予定はありませんが、講演原稿のコピーを資料として配布する予定です。原稿にもとづいて、ゆっくりお話ししていただくようお願いしてあります。

 

遺伝子検査と患者
筋ジストロフィーの確定診断、保因者検査、出生前診断の現状と問題

  • 日時:2002年9月23日
  • 講師:齋藤 有紀子(北里大学医学部医学原論研究部門専任講師)
はじめに

私は厚生労働省「筋ジストロフィーの遺伝相談法及び病態に基づく治療法の開発に関する研究班」のメンバーとして筋ジストロフィーの患者さん及びご家族の方への遺伝カウンセリングおよび、遺伝子検査に伴うインフォームド・コンセントに関する問題に関わってきました。

なかでも、小児期発症のデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、患者・家族にさまざまな心理的・社会的・倫理的葛藤を生じさせることが知られており、今回も、この疾患の問題を中心に報告します。

デュシャンヌ型筋ジストロフィーとは

デュシェンヌ型筋ジストロフィーは、「ジストロフィン遺伝子」の変異が原因とされる遺伝子疾患です。「ジストロフィン(というタンパク)」は、筋肉を保持するために必要な機能を果たしており、このタンパク質の産生に関わる遺伝子に変異が起こると、ジストロフィンが十分に作られなくなり、結果として筋肉の構造が弱くなります。

患者は、幼児期に転びやすくなり、やがて筋肉の低下をを自覚し、多感な思春期・成長期に、徐々に進行し、歩行困難、呼吸困難となっていく自身の病態と向き合うことになります。

デュシェンヌ型筋ジストロフィーの遺伝形式は、伴性劣性遺伝です(一定の割合で突然変異【孤発例】も存在します)。遺伝によるケースの場合は、その遺伝子は保因者である母親から伝わっていることになり、母親が保因者であれば、患児の姉妹も、二分の一の確率で保因者の可能性をもつことになります。

同意なき遺伝子検査の実態

これまで医療の現場では、(1)患者の「病気の型」を特定する診断目的と、(2)母親や姉妹の保因者検査を行なう目的で、「患者の」遺伝子検査が実施されてきました(現在、母親や姉妹の保因者検査は、費用・時間・技術・効率の観点から、ダイレクトに母親や姉妹の血液を検査をするのではなく、まず患者の血液で遺伝子型を確定した上で、母親と姉妹の遺伝子検査が実施されることがほとんどです)。

一方で、日常の筋ジストロフィー医療では、医療者は患者に対して病名・病状の説明を避けてきた実態があり、この慣習は、一定の判断能力を持つ年齢に達した患者が遺伝子検査を行なう場合にも継承されてきました。つまり、患者は、遺伝子検査の目的・意味を直接知らされることなく、検査を行なわれてきた実態があったということです。

その理由として考えられるのは、 (1)病気の情報を伝えることが、必ずしも「患者のためにならない」のではないかという医療者側の判断、 (2)進行性で治療法がなく遺伝の可能性があるという状況を積極的に伝える気持ち(動機づけ・術)をもちにくい医療者の現状、 (3)遺伝子検査が必ずしも患者の医療を目的とせず、患者の家族の保因者診断・出生前診断という目的に用いられており、しかも、その検査目的は、患者の生命の在り方を否定する可能性を孕むため、医療者も家族も真実を告げることに積極的動機を持ちにくい実状、 など、医療者が、患者に事実を告げることをためらう要因が、医療者の側に複数存在したということが考えられます。

しかしながら、今日、患者が自分の病気の正確な情報を知り、検査を受けるかどうかを含め、行なわれる医療への同意を与えることは、患者の権利として認められています。知識と技術を持つ医療者には、患者が納得のいく医療を受ける(選択する)ためにさまざまな援助を提供する責務があり、これは小児期発症の筋ジストロフィー医療でも例外ではありません。患者に対する説明と同意を欠いた遺伝子検査の状況を再考し、遺伝カウンセリングと、インフォームド・コンセントのあり方について見解をまとめていく必要があることが考えられました。

説明・同意書の作成

前述した厚労省研究班の「遺伝相談プロジェクト・白井グループ」では、医学・心理学・倫理学・法学などを専門とする学際メンバーで、3年にわたり検討を重ね、その成果を、16歳以上の患者本人への遺伝子検査のインフォームド・コンセント文書群試案として結実させました。

この説明書は、患者が病気の情報と検査の目的を正確に伝えられることとを目的とすると同時に、医師にとって、口頭で説明することを躊躇われる内容を説明するときの補助材料として、また、患者が自己と病気と向き合い、遺伝子検査が自分や家族にとってどのような意味をもつのか、自分が挙児を望んだ場合の遺伝様式はどうなるのか、などを知るための手がかりとすることも、目指されています。

結びにかえて

患者に病気の予後を告げ、遺伝子検査の目的を知らせることは、今でも、患者・家族・医療者にとって少なからぬストレスとなっていることは否定できません。しかしながら、隠し事のない、正確な情報の伝達が最終的に患者の人権と利益、信頼に基づく筋ジストロフィー医療に結びついていくという判断から、私たちのグループでは、あえてこのような文書の作成に踏み切りました。

この試みが現場にどのように浸透するのか、しないのかは、これから注意深く見守っていかなければなりません。私たちが、自らの仕事をふり返る作業をしながら、患者と家族が、それぞれ自分の人生の問題を意思決定(選択)していくことを、現場でどのように支えることがよいのか、考え続けていきたいと思っています。

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