水谷 史男 (特別推進プロジェクト代表) 2008年○月○日
2007年度まで3年計画で実施した特別推進プロジェクトは、2004年度まで継続した「現代社会における技術と人間」の完了に続く新たなプロジェクトとして構想されたものです。特別推進プロジェクトを組織するにあたって、メインテーマを「沖縄―伝統的価値のゆらぎと社会問題の現在」としたのは、前回と同様、大きなメインテーマのもとに緩やかに連合したネットワーク型の研究組織として、社会学部の多くのスタッフが参加し、相互の研究成果を実りあるものにするのにまさにふさわしいテーマであったからです。
すなわち、今回この「沖縄」プロジェクトに参加したメンバーは、既に何年も前から沖縄や南島地域を研究のフィールドとしてそれぞれの専門分野から調査研究に取り組んできた方々があると同時に、今回はじめてこのプロジェクトに参加し、それぞれの専門分野から沖縄にはじめて足を踏み入れるグループもありました。そこで、これまで社会学部現有スタッフが、一般研究プロジェクトとして、あるいは外部も含めさまざまな共同研究プロジェクトとして「沖縄」をフィールドとする研究を蓄積してきているという実績をふまえて、今回、それらの研究を再度特別推進プロジェクトとして参加者を募って再組織し、2005年度より本格的な研究活動を開始しました。
一口に「沖縄」といっても、その空間的・時間的範域は広く、その内包する問題も研究領域も実に多様です。われわれは、とりあえず「沖縄」という地域をキーワードにして、特別推進プロジェクトとして2004年度には準備作業の時間にあて、お互いのこれまでの研究成果と問題意識を披露し、一定の共通理解を形成するため定期的に研究会を開いて、既に調査研究の蓄積のあるグループの報告を行い、それと並行して、私学振興・共済事業団の学術振興資金の申請、および文部科学省科学研究費助成に「沖縄」をテーマとする共同研究計画を申請しました。
そして、2005年度からはこれらを踏まえて、いよいよ本格的に特別推進研究プロジェクト「沖縄」が始動しました。幸いにも私学振興・共済事業団の学術振興資金の申請が認められ(2005年度総額280万円)各グループとも活発に研究活動を展開しました。以下に、およその研究の方向と視点を示しておきます。
1.「沖縄研究」の多様性
非常に大づかみな見取り図ですが、本学の社会学部のように多様な背景、多彩な研究領域をもつ研究者が多数集まっている所では、狭い意味での「社会学」や「社会福祉学」の枠内でものを考えることは共同研究のメリットを損なうおそれもあり、少々踏み出して考えることも必要でした。
実際、今回の特別推進プロジェクトでも、現在参加している6つのグループは、それぞれかなり異なった関心と対象を想定しています。それらを紹介する前に、広く「沖縄研究」という言葉で包括されるものを見渡してみると、既存の学問領域に帰属する研究の方法という形でみればおよそ3つ、学問領域を超えて絡み合った問題群として5つぐらいに区別されるかと思う。
まず、学問領域としては第1に文化人類学・民俗学・歴史学からのアプローチ、これには固有の「シマ」としての「琉球」文化・言語と歴史、そしてポリネシア・フィリピン・台湾から奄美諸島にいたる「南島文化研究」や、服装・民家・音楽などの民族史誌・伝統文化・口承文芸なども含む豊富な研究蓄積があります。伊波普猶のいわゆる「沖縄学」はそのひとつの典型といってもいいでしょう。
第2は、政治学・行政学からのアプローチ、これはとくに近現代の沖縄が置かれた特異な政治的位置をめぐって、戦前期、アメリカ民政府統治期、復帰以後のそれぞれの時代に対応した沖縄内部の対立・葛藤、日本、アメリカ、東アジアの政治・外交・軍事行政の分析を中心とするものです。これには離島を含む振興開発政策の効果を実証的に研究する経済学なども入ってきます。
第3は、社会学・社会福祉・公衆衛生などの分野からのアプローチであり、主に現代沖縄社会を対象とするものです。これはいわゆる日本本土の伝統社会とは異なる特徴と歴史的背景をもった沖縄的共同体の現在の社会構造を研究する点で、第1の「沖縄研究」ともつながり、また現在の沖縄に生きる人々の生活に深く関わる政治や外交の課題にも目を配る必要があるという点で、第2の研究とも関連をもっています。しかし、この第3のアプローチの関心の焦点は現在の沖縄社会が日常的にあるあり方、その抱える問題にあり、また沖縄社会の中に入り込むと同時に日本の他の地域や、東アジア各地の社会との比較を通じて固有の「沖縄的なるもの」を解明しようとするアプローチだと考えられます。
今に生きるユイマールなどの社会関係・社会組織の研究、ノロ、ユタなどによる宗教祭祀や儀礼の社会的機能、沖縄の食品と長寿との関係や、泡盛飲酒文化と生活時間・生活構造などの研究は、いずれも特定の学問分野だけでは収まらず、多面的な共同研究によって解明されるにふさわしいテーマです。
もちろんこの他にも、沖縄をフィールドとして行われる調査研究はたくさんあると思われますが、少なくとも沖縄という時空間を対象に経験的に捉えようとする社会科学的な関心に立つものとしては、以上の3つにほぼ含まれるのではないかと考えました。そこで、このプロジェクトが具体的に取り組んだ各グループのテーマ・計画は以下のようなものになりました。
2006年度 特別推進プロジェクト 各グループのテーマと参加者
2007年度には、このテーマとメンバーを若干修正して、以下のような形で継続しました。
各グループの研究成果は、2008年度の「研究所年報」第38号および、来年3月発光予定の2009年度「研究所年報」に発表される予定ですので、そちらを見ていただきたいのですが、ここでは各グループのそれぞれの問題設定と研究方法について、概略を述べておきます。
第1のグループは「伝統的地域組織と住民自治」を対象に、「基地の村」という特殊な状況下で進めてきた沖縄本島にある読谷村の「平和と福祉の自治の郷」づくりをとりあげています。この計画は、「シマ」すなわち沖縄的共同体が、理念的にも実践的にも戦略上の拠点として位置づけられています。この沖縄的社会関係である「シマ」の住民生活の実態とその変容について、読谷村を対象に、福祉、教育、文化活動などといった生活領域を関連させながら把握していくのが特徴です。さらに「シマ」が今後も拠点的位置を保持し、住民本位の地域自治を発展させられるのか、それとも無機的な都市化に呑み込まれて消えてしまうのかといった点を検証し、その将来的可能性について解明しています。
第2のグループは「若年学卒者の就職行動と社会意識」をテーマに、沖縄本島のみならず、宮古島、石垣島など離島地域も含む高校卒業生を対象とした調査によって、沖縄に特異な若年者の就業行動を解明しています。つまり高校を出て本土や那覇などの都市圏への就業が、本土のような長期安定雇用を指向せず、故郷の島との頻繁な往還を繰り返すという行動とその文化がどのような背景を持つのか。その実態を調査を通じて明らかにすることがねらいです。また、これまで実施してきている茨城県、山形県、東京都などでの同様の高校生進路意識調査などと比較分析も行っています。
第3のグループは「母子生活支援施設実践の構造特徴と生活支援の課題」をテーマに、ひとり親(母子)家庭の「暮らし」の構造(生活構造)を通して沖縄という地域の特徴を明らかにしています。その方法として、県内に設置されている母子生活支援施設を対象に、施設利用当事者および施設スタッフに対して質問紙法アンケート調査と聴き取り調査を実施しました。また濃密な支援を必要とする、いわゆる「自立困難」事例に焦点をあて、聴き取り調査を中心としながらその実態と要因分析を行いました。それらの結果を踏まえ、沖縄(那覇)という地域が構築すべきひとり親家庭を支援するための具体的な支援方法について、沖縄県内の関係者との共同討議を通して検討しています。
第4のグループは「沖縄文学を取り巻く制度、メディア、基層文化、女性」をテーマに、沖縄在住、あるいは沖縄出身者による文学作品を、沖縄の基層文化・言語問題等を絡めながら読解し、同時に作者および沖縄文学の生産に関わる人々(沖縄における作家、文芸人団体、新聞社文芸担当記者、自治体の文化行政担当部署)への聴き取り調査と沖縄文学と関連する基層文化(祭りやシャーマニズム等)についてもフィールドワークを行いながら、「沖縄文学」全体の構造とその変容の過程の把握に努めています。その際、中央の文学場の変化にも注目しながら、沖縄の文学にあらわれた特徴を探っています。
第5のグループは「沖縄のまちづくり」を中心に、沖縄本島および離島におけるまちづくりや地域社会の現状を把握しています。沖縄におけるまちづくりに関連して、那覇市中心市街地整備をめぐるまちづくりと、石垣市などの離島における県外地域からのIターン現象に焦点を当て、とくに最西端である与那国町において、行政における施策や、地域住民の認識の把握のために、資料収集・聴き取り調査、アンケート調査を実施しています。
第6のグループは「現代沖縄のアイデンティティと沖縄をめぐるイメージ・ポリティックス」と題して、現在本土メディアを中心に形作られている観のある「沖縄イメージ」をめぐる表象のポリテックスと、沖縄移住者の意識を把握するために、「沖縄イメージ」に関する資料収集と分析、関係の団体および沖縄移住者への聴き取り調査やアンケート調査を行いました。
以上、特別推進プロジェクトとして進められた各グループの研究は、随時研究所の研究発表として、お互いが共有し交流する中で深められてきました。
特別推進プロジェクトでは、それぞれの研究成果を持ち寄るとともに、全体としての特別講演会・公開研究会を2回開催しました。
*調査・研究部門主催講演会・公開研究会『沖縄-伝統的価値のゆらぎと社会問題の現在』を2006年12月9日(土)に開催しました。
講演者 仲地 博 氏(琉球大学法科大学院教授) 講演題目 『沖縄自立構想の歴史的展開』
*調査・研究部門主催特別推進研究プロジェクト・シンポジウム『沖縄-伝統的価値のゆらぎと社会問題の現在』を2007年11月28日(水)に開催しました。
第一部:講演会 高良 勉氏(詩人)題目 『沖縄伝統文化の変容と可能性』/第二部:2007年度研究成果報告。(2007年11月15日)
本グループの全体的な課題は、「平和と福祉の自治の郷」づくりを、現代的な政治的・経済的状況と「基地の村」という特殊な状況の下で進めてきた沖縄県の読谷村を事例として、その村づくりにおける理念上、実践上の拠点として位置づけられてきた住民自治組織である「字」(「シマ」)の現状と問題点について、戦後の歴史過程、福祉や教育、文化活動といった住民生活の現状を通して明らかにし、その将来的可能性について検討することである。
2005~07年度に実施した読谷村における調査の概要は、1.高齢者2人世帯の実態と意識に関するアンケート調査(悉皆調査約900世帯)とその2次調査(ケース・スタディー)、2. 村役場、読谷村社会福祉協議会その他の関係機関に対する福祉行政や福祉の実態に関する聴き取り調査と資料の収集、 3.読谷高校生へのアンケート調査および同校の平和教育担当教員への聴き取り調査 4.字行政区の子ども会、読谷村子ども会連合会などへの聴き取り調査と資料収集、 5.村内の小中学校における平和教育に関する聴き取り調査と資料収集、 6. 村役場関係者や村内の関係者に対する戦後の村づくりに関する聴き取り調査および資料収集 などである。
読谷村への着眼についていえば、まず第1に、村行政の基本理念としての「憲法」の堅持(特に「平和」「文化」「福祉」)が挙げられるが、理念に留まらない行政レベルでの「実践」に注目している。第2に、そうした村政の理念を手法的にも内容的にも実現するための社会関係的保証ともいうべき村内の「自治組織」としての「字」の共同体的な在り方に注目している。第3として、「返還後の基地の跡地利用」問題の存在に注目している。戦後の、とくに山内徳信村政以来の「村づくり」への取り組みとその成果を評価しつつ、今日的な時点で「平和と文化の村づくり」の当面する問題(課題)と将来の展望についての批判的な考察が重要である。第4として、上記の諸点にかかわって、「字」(行政区)に加入しない住民の増加について注目している。地域民主主義の構築にとって焦点的課題だといえよう。
2007年度は、特別推進研究プロジェクトの一環としてわれわれのグループが、これまで進めてきた県立高校での生徒調査のデータを中心に、沖縄の高卒者の職業選択と進路の動向について、他県のデータなどとも比較しながら研究のまとめを行った。
2007年6月までに実施した高校生調査は、沖縄県内にある工業系の県立高校3校の2年生全員を対象に、調査票および聴き取り調査による同一形式のデータである。これらは、沖縄本島、宮古島、石垣島というそれぞれ特徴のある地域を代表する学校であるとともに、近年の全国的な高卒就職の動向を反映した変化も示している。詳しくは、「研究所年報」38号に掲載された報告を参照されたいが、要点を以下に紹介しておく。
このような結果から、沖縄独自の特徴がいくつか抽出されるが、それがどのような背景から生み出されるかについては、さらなる研究が必要とされる。
本研究では、ある種沖縄独特の家族・親族・共同体の扶養・相互扶助の構造の力強さを垣間見ることとなった。その一方で、沖縄が長きにわたって培ってきた伝統的な扶養の形態と方法のみに依拠していては、もはやひとり親(母子)家庭の生活を維持することの難しさが顕在化していることを実証的に知る研究でもあった。
沖縄県内における雇用状況、経済・財政状況、生活状況の変化は、多くの県民にこれまでとは異なる生活課題との遭遇をもたらし、選択肢のひとつとして新たな社会システムの構築が必要とされる時代を迎えているように感じた。言い換えれば、もはや沖縄で暮らすすべてのひとり親(母子)家庭にインフォーマルなネットワークが存在するとは限らない事態にあり、多様なセーフティネットを用意することが必要な時期にあるとの感触を得ることになった。なお、沖縄の母子生活支援施設の設置主体がすべて市町村であることを考えると、その役割を行政責任として担うことが期待されるのかもしれない。片隅の存在として忘れられがちなひとり親(母子)家庭の暮らしを支える上で、社会的仕組みの整備に努めることは、ソーシャル・インクルージョンの考え方にも繋がることになる。
新たな困難を実感させる社会状況が顕在化してきた中で、ひとり親(母子)家庭の暮らしが、安全・安心を実感しながら営めるには、「家族力」の強化と社会的な支援のシステムやネットワークとの共存を、どのようにデザインできるかが課題となっているように思える。「家族は社会福祉の含み資産」としない視座を、沖縄県民自身が自らの「暮らし」の中でいかに体現できるか、このことは、県民一人ひとりが「自立した市民」となるために立ち向かうことを必要とする重たい課題のひとつに思えてならない。
現在このグループは、沖縄県八重山郡与那国町におけるまちづくりの現状と課題を、町が掲げる「自立ビジョン政策」とその政策の展開を中心に分析している。役所や地域のリーダー層へのインタヴュー、「自立ビジョン政策」をめぐる住民意識のアンケート調査、単位集落(比川)における下からの、ワークショップによるまちづくりの課題整理などによっ浮かび上がってきたのは、日本全国をかけめぐった市町村合併の嵐の後の、与那国における"まち=島づくり"が、一方で台湾の姉妹都市・花蓮市との交流を軸に深化・発展してきているということ、しかし他方では、町民への施策の浸透が十分ではない現状があるということ、などである。
国民国家が相対化されつつある時代、「国境地域において地域性を再創造する諸力」は、<ナショナルなものを越えつつ、ナショナルなものを再編する>力学のなかでうごめいているようにみえる。
他方、これまでの研究を通して、「沖縄における伝統社会とその変容」というテーマは一元的に語られうるものではなく、たとえば沖縄本島と八重山諸島との歴史的な支配-被支配関係なども考慮に入れた、まちづくりの分析枠組みをつくる必要があることも、わかってきた。
本研究では、沖縄県内のフリーペーパーの文脈で「沖縄」イメージを形成するプロセスを体系的にあきらかにすることを目指した。フリーペーパーの具体的な内容は、いかなる「現在」イメージを提示し、いかなる形で「沖縄」イメージを方向づけ、沖縄の現実のモデルを提示しているのだろうか。
沖縄のフリーペーパーにおいて誌面をかざる沖縄美少女をはじめとする沖縄の先端の流行情報と、それを美的に見る読者の間にあるものは、カメラのファインダーであり、写真のまなざしである。沖縄の美少女を美的なオブジェとしてとらえる誌面と読者の間には、多くの場合、カメラのファインダーが割り込んでいることが普通である。それは、まさに「ありのままの少女の姿」を写すという、幻想を与える「実体なき境目」であった。この「ありのままの少女の姿」の模写は、写真という視覚化のテクノロジー、メディアの存在によって可能となっている。
見る読者と見られる少女の主体と客体を距離化・二分化し、かつ媒介するファインダーが「実体なき境目」として介在することによって、沖縄の少女の姿の客体化と同時に、読者のまなざしの主体化作用が生じるのである。読者が見るのは、沖縄の少女たちの純粋な視覚的・美的リアリティの空間である。カメラの視線が注ぐときに、沖縄の少女たちは、視覚的・美的なオブジェを演じる。「沖縄の美少女」の姿のなかから、歴史的な場所としての沖縄の姿は切り取られ、カメラのフレームの中へはめられた「見られる沖縄美少女」へと抽象化されていくのである。
調査・研究部門 特別推進プロジェクト2005-2007年「沖縄-伝統的価値のゆらぎと社会問題の現在」の研究成果『沖縄読谷村 「自治」への挑戦』が出版されました。
くわしくはこちらをご覧ください。(2009年8月26日)
各グループの活動についてのお問い合わせは、各グループ代表者までお願いいたします。