野沢 慎司 (特別推進プロジェクト代表/調査研究部門主任) 2001年12月1日
現在進行中の特別推進プロジェクト(3年計画)は、「現代社会における技術と人間」という大きなメインテーマのもとに緩やかに連合したネットワーク型の研究組織として、2000年度より研究活動を開始しました(*)。特別推進プロジェクトを組織するにあたって、社会学部現有スタッフの強みを生かし、コラボレーションによってもっとも有意義な成果を期待できる研究テーマを模索した末に浮上してきたのが「技術」というキーワードでした。
様々な科学技術の革新と普及は、現代における社会変動や文化変容の重要な要因のひとつと見なされてきました。そして、技術革新が「革新的」であればあるほど、それが私たちの社会生活に及ぼす影響については、過剰な期待(バラ色の未来)が喧伝されるか、そうでなければ過度の不安(暗黒の未来)が煽られるというように、相反した情緒的反応に二極分解する傾向があります。それは、多くの場合、社会的葛藤や紛争を生み出し、人々を異なる利害や関心をもった複数の社会層へと分解・分化させていきます。しかし、それはまた、新しい技術の受容をめぐって人々が新たな価値と連帯を創出していく現象と表裏一体をなす社会現象でもあります。革新的技術の普及は、不可能を可能にし、直接的に私たちの価値観や生活のスタイルを変化させるという単純なプロセスではありません。きわめて複雑な社会的現象として理解する必要があります。「技術」の社会的意味について、私たちが取り組むべき研究課題がまだ多く残されているように思われたのです。
さらに、先端的な技術の開発や普及は、それを社会的な現象として捉えるならば、共同研究のテーマとしてふさわしいことがわかります。特定の「技術」を取り上げてみると、そこに複数の領域や集団・組織が深く関わり、相互に影響を及ぼし合い、一見まったく別の研究領域であるものが、実はその「技術」を媒介としてリンクしていることが見えてくるからです。その「技術」は、別の「技術」から影響を受けたり、影響を与えたりしながら、社会的に位置づけられていきます。あるいは、そのように社会的に位置づけられることによって「技術」は明確な形をもつようになるのです。社会的な相互影響のリンクを、やや大きめの視野に収めて社会学的に分析するという目的にとっては、専門領域を異にする研究者による共同プロジェクトという方法が極めて有効です。言い換えると、「技術」というキーワードは、社会を少しずつ異なった視点から見ている共同研究メンバー間を、うまくリンクさせてくれるのです。私たちは、このプロジェクトの進行にともなって、次第にそのことに気づくことになりました。
初年度にあたる2000年度においては、「人間と道具の基礎的研究」、「先端技術についての社会的対応に関する研究」、「新しいメディアとソーシャルサポート研究」というサブテーマのもとに3つの研究グループを構成して共同研究が進められました。2001年度からは、これら3グループの研究テーマは、それぞれ「相互行為の中の技術」、「遺伝子技術の社会的意味」、「ソーシャルサポートにおけるCMC(computer-mediated communication)」と修正されましたが、それは研究対象がより具体化・特定化されたことを反映しています。技術の社会的意味そのものに焦点をあてる第1グループの基礎的な研究視角を別とすれば、このプロジェクトでは、遺伝子技術(第2グループ)とインターネットなどの情報技術(第3グループ)という、社会的にも大きな注目を集めている二つの「技術」に次第にはっきりと照準を合わせることになっていきました。
本プロジェクトの準備企画として、調査研究部門が1999年度末に開催した「特別推進セミナー」がこの研究のねらいを象徴しています。講師としてお招きした玉井真理子氏(信州大学医療技術短期大学部)には、「障害児の母親ネットワークと出生前診断」というテーマで話をしていただきました。みずからの具体的な経験をふまえて、出生前診断という「遺伝子技術」の孕む社会倫理的な問題を提起すると同時に、インターネットという「情報技術」を駆使して情報ネットワークを作り上げている障害児の母親たちの事例を報告した玉井氏ご自身が、この二つの技術の社会的リンクを示す事例そのものであると言えます。さらに約1年後の2001年4月には、本プロジェクト全体の共同企画として、村上陽一郎氏(国際基督教大学)を講師に招き、「技術者の社会的倫理-科学者と比較して」と題した公開講演会を開催しました。技術を生み出す科学者の社会的世界の倫理規範が内向的なものであるのに対し、クライアントを想定している技術者の規範が外向きであることを強調する村上氏の議論から、科学技術が(あるいはそれをめぐる倫理問題が)きわめて社会的な現象であることを再認識することができました。
このようにプロジェクト全体の企画において議論する機会を除けば、これまでのプロジェクト活動は、各研究グループ単位での研究活動が中心となってきました。2000年度は、既存研究を検討し、研究方法や調査対象の設定を模索し、予備的調査研究を進めてきました。2001年度は、日本私立学校振興・共済事業団の学術研究振興資金による研究助成を受けることになり、さらに本格的な調査研究が展開しています。以下では、3つの研究グループの現在までの研究活動を簡単に報告しています。
(*) 2000年度には、社会学・社会福祉学の両学科にまたがる10名の社会学部スタッフの参加を得ました(西阪仰、柘植あづみ、加藤秀一、澤野雅樹、藤川賢、宮田加久子、野沢慎司、茨木尚子、和気康太、春日清孝)。2001年度からは、さらに2名の学部スタッフ(大瀧敦子、森田聡之)および3名の学外研究者(松原洋子、柿原泰、浦光博)がメンバーに加わりました。
第一グループは、道具の「道具」という性質が、そのつどの活動の中でどう組織されるのかに焦点を当てながら、(1) 活動と知覚(とくに視覚)、(2) 活動の相互行為的組織、(3) 言語使用と相互行為、(4) 相互行為の中の学習などについて、ワークショップおよびデータセッションを重ねてきました。2000年度の主な活動は、次のと おりです。エスノメソドロジー、会話分析、ヴィトゲンシュタイン派の概念分析、ヴィゴツキー派の活動理論などを手がかりに、ビデオ録画した相互行為の分析をとお して道具や技術に関する原理的な考察を進めていきたいと思っています。
このグループの活動についてのお問合せは西阪までお願いいたします。
講演会
第3グループでは、高齢者とステップファミリーを対象にした、コンピュータを介したサポート交換に関する調査を行っています。
2001年10月より回答協力者を募集してまいりましたアンケート形式の「ステップファミリー調査」は、2002年5月31日で募集を終了いたしました。 ご協力いただいた皆さんに心から御礼申し上げます。
今回私たちが実施した「ステップファミリー調査」は、子連れ再婚家族(ステップファミリー)の支援組織 SAJ( ステップファミリー・アソシエーション・オブ・ジャパン )の協力を得て行われたものです。 これは、継親子関係を含むご家族のご夫妻(親あるいは継親)にあたる方々を対象としたアンケート形式の調査で、 調査期間は、2001年10月~2002年5月でした。 調査票は郵便あるいは電子メールで送付し、記入後に返送していただきました。日本のステップファミリーの経験をできるだけ幅広く描き出すことが 今回の調査の目的です。家庭生活における満足や困難、家族の中や外からの相互支援 の様子について、またインターネットなどのメディア利用についてお尋ねしました。 また、2001年7月に翻訳出版されたエミリー&ジョン・ヴィッシャー著 『ステップファミリー』(WAVE出版 ¥1,700)に折り込まれている葉書を返送いただくという方法でも、調査への協力者を募りました。
調査目的については次のとおりです。 1)講習会において、シニアがシニアから講習を受けたり、サポートをしてもらう 「ピアサポート」の効果を調べます。 2)IT講習会の効果について。シニアが、講習会後、 インターネットを利用できるようになった結果、 生活や行動にどのような変化が生じるのかを検討します。 3)IT講習会後にどのようなサポートを受けることができるかによって、 その後のパソコンやインターネット利用スキルの向上、利用内容、頻度が異なるのかを明らかにします。 4)受講者が、どのようなニーズをもってIT講習を受講しようとしたのか。パソコンやインターネットの学習には、生きがい探しというシニアの学習・社会参加の 動機付けの最も重要な要素があるのかを検証します。