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春の特別講演会

2012年5月31日発行
明治学院大学社会学・社会福祉学会学内学会会報 第 21号
卒業生部会・社会学部共催    2012年3月3日(土)記念館・小チャペル

『グローバル化時代の福祉国家』(要旨)

報告:岡 伸一     
(社会学部教授・社会福祉学科)


社会保障や社会福祉は本来国内政策の一環である。基本的には、社会保障は「国民」を対象に、しかも、属地主義に基づいて国内で政策適用の対象となる。こうした特性を持つ社会保障政策が、今日修正を余儀なくされている。その背景に2つの要素がある。一つは世界的なサービス貿易の推進の潮流の中で、専門職労働者の国際移動が活発化していることである。日本でもEPAの締結によって、フィリピンとインドネシアから看護師や介護福祉士の受け入れを始めている。もう一つは、近年頻繁化している二国間の社会保障協定である。日本も1999年の日独社会保障協定に始まり、過去13年間に13か国と二国間社会保障協定を締結している。政治・経済の分野のグローバル化が、いまや社会的な分野のグローバル化対応を求めている。

外国人への社会保障の適用

社会保障のグローバル化対応の第1は、国内法である日本の社会保障法の外国人への適用である。生活保護が日本では外国人を実質的に排除している。その
他、欧州では「間接的差別」と呼ばれる外国人への処遇が日本には多く残されている。国際的に主張されている、内外人平等待遇、権利保持、社会保障受給権の
海外持出し、送金、資格期間の合算措置等、グローバル化への対応の遅れは日本で顕著である。しかも、修正の兆しも見えてこない。

年金を事例に取り上げるなら、25年という資格要件は国際的に異常な基準である。つまり、年金の受給権が認められるために日本では、25年間の被保険者期
間が必要である。同様の条件は、1年以内や数年が多く、0年でも認める国々もある。日本以外で最も長いのが、アメリカと韓国で、それでも10年である。25年
雇用される外国人はむしろ例外的であろう。一時払い清算制度が近年導入されたが、返金される金額は支払った保険料のごく一部である。つまり、日本の年
金は外国人にとっては100%損をする制度となっている。しかも、強制適用で賃金から自動的に徴収される。

40歳以上の外国人であれば、介護保険の保険料も徴収されてしまう。受益に与るのは65歳以降であるが、既に本国に帰国しているだろう。つまり、受益の可能性のない制度への負担を強制されているのである。他にも制度ごとに随所で外国人は社会保障制度のために不利益を被っている。

二国間国際社会保障協定

社会保障の国際協定は国際的には長い歴史を有するが、日本は遅く、まだ10数年の経過である。協定の内容も国際社会では極めて変則である。通常、移民労
働者の場合、雇用国の社会保障法が適用されるのが基本原則である。もちろん、例外はあるが、欧州をはじめ世界的な常識となっている。ところが、日本が近年締結した社会保障協定はすべて母国主義に基づいている。つまり、日本から諸外国に派遣された日本人は現地国の社会保障法の適用を除外され、日本の社会保障のみを適用されている。

母国主義の事例は存在するが例外措置に位置付けられ、しかも、派遣期間が1年未満の短期派遣を母国主義採用の前提としている。日本の社会保障協定では、5年未満の滞在が想定された場合すべて母国主義に基づき、さらに、延期も可能と言う規定であり、国際社会では例外的な扱いとなろう。

日本の母国主義は結局、日系企業の便益に貢献している。出先の国々で派遣された従業員の保険料を払わなくて済むため、企業にとっては大きなコスト削減になる。日系企業の国際競争力の増進に役立つ政策で、日本の国益とみなされるのであろう。しかし、個人で海外就労に出る人、長期間海外勤務をする人には、今回の一連の社会保障協定は何の成果もない。彼らこそが、保護が必要なカテゴリーであろう。母国の社会保障も就労国の社会保障も適用されず、無保証になる可能性があるのは彼らである。二重適用の方はむしろ恵まれた悩みであろう。

介護福祉士・看護師の国際移動

まず、国際的には、看護師・介護福祉士に限らず、人の移動は活発である。日本は例外的に外国人の受け入れの少ない国と思われるが、それでも近年増加傾向が著しい。周知のとおり、EPAという貿易政策の一環として、日本は開発途上国から今後、看護師や介護福祉士を受け入れざるを得なくなってきている。日本が貿易立国である以上、この流れは抵抗できない状況にある。

結局、日本の医療や福祉現場では、今後外国人は増えていくであろう。外国人は国内福祉の供給者になりつつある。現状では、フィリピンやインドネシアの候補者は国家試験という大きなハードルに苦戦しているが、今後は条件が緩和されていくであろう。実習施設の不人気など問題も多いが、時間をかけて進行していくであろう。

医療・福祉領域だけでなく、多くの専門職種に外国人が増えていくであろう。IT産業などはその先駆的な産業である。もはや是非論を越えて、グローバルな流れができあがりつつある。

国際社会保障論の構築

日本では社会福祉学科には「国際○○論」という科目がほとんどない。こんなドメスチックな学科も珍しい。欧州では、少なくともパリ大学やルーヴァンカトリック大学には、「国際社会保障論」「欧州社会保障論」なる講義が存在した。文献も多いし、その中身
も充実している。岡は『国際社会保障論』(学文社、2005年)『グローバル化時代の社会保障』(創成社、2012年)なる本を出版し、日本で唯一の「国際社会
保障論」なる講義も明治学院で創設した。ILOやEU、欧州評議会等の社会保障政策の研究は、正に「国際社会保障法」の研究であり、日本では全く軽視されてきた分野である。この過去10年間で、日本も「国際社会保障論」の範疇に足を踏み入れてきた。

講演会では部分的にではあるが、国際機関の社会保障政策についても紹介した。EUは労働者の自由移動が保障された社会であり、それに対応した社会保障政
策がEUの法律体系の中に立ち上げられてきた。ILOは世界中の国々に、最低限の国際基準を示し、基準に沿った社会保障の導入を奨励してきた。

社会保障を通じた国際貢献

最後に、今後は人の国際移動が益々活発になるのは明らかであることから、社会保障の果たす役割が再評価されるべきである。開発途上国からより多くの人が先進諸国に行くことは、先進諸国の社会保障を通じてより多くの給付が開発途上国に移転していくことを意味する。これは国際協力や援助ではなく、当然の権利としての富の移転である。南北問題の格差縮小に貢献する。

また、遅々として進まない開発途上国における社会保障の導入へ大きな誘因ともなろう。先進国に滞在した人は、社会保障の最高の理解者であり、信奉者となるに違いない。彼らは開発途上国の福祉国家の建設に大いに貢献するであろう。

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