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社会学部

社会福祉学科

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高倉 誠一(担当科目:特別支援教育総論)

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「教育と福祉の接点に関する私案―社会福祉学科生・大学院生に向けて」

1.障害福祉・教育の歴史と課題

障害のある人の存在を厄介視・迷惑視し、その人たちを社会にとってマイナスと受け止める歴史が長く続きました。とりわけ、知的障害等のある人は、社会にとって負担というだけでなく、危害を及ぼす存在とさえ受け止められました。そのため、古くは、障害があるそのことだけで、その人の生存さえ否定されることもありましたし、障害のある人だけを集めて社会から隔離することも多くの国で行われました。障害のある人は、その社会的存在でさえ認められてこなかったのです。

こうした対応は戦後も続きました。わが国でも、障害等のある人の自立的能力を高め、社会にとってのマイナスをプラスに転化することに、教育や福祉の意義が据えられました。戦後に整備された社会福祉関係の法律における、障害福祉の主たる目的は「保護」や「更生」でした。一方、障害のある子どもの教育は後回しにされ続けました。全ての障害のある子どもの義務教育が実現したのは、1979年のことです。

障害福祉・教育の理念は、その基盤に「人権の尊重」を置くべきです。障害があろうとなかろうと人間としての尊厳に変わりはなく、あらゆる個人がかけがえのない存在として尊重されるということです。しかし、現実はどうでしょうか。障害のある人は、社会から一格下の存在と受け止められていないでしょうか。今も「保護」や「指導・訓練」の対象としてみなされていないでしょうか。

2.障害のある人の根源的なニーズ―主体性の確保・確立

障害のある人は、社会の中で客体的存在に置かれがちです。こうした状況に障害のある当事者自ら問題提起をし、様々な運動を通して世界に訴えるようになりました。1970年代にアメリカで始まった「自立生活運動」は、日常生活において介助を必要とする身体障害のある当事者自身が、自らの生活を選択し、管理する権利があることを主張。一方、知的障害のある人たちも当事者による運動を開始し、「自分の生き方は自分たち自身で決めたい」「私たちに関係のあることを決めるときは、必ず私たちをまじえて決めること」などを訴えました。こうした当事者運動が今日の世界的な思潮「自己決定と本人参加」につながりました。

障害のある人の社会的存在を確かにする基本条件、それは、主体性確保であり、本人主体の実現です。これは障害のある人の根源的なニーズでもあります。社会のあらゆる場で、障害のある人が主体的に生きることができるよう、障害福祉・教育のありようを検討していくことが求められています。

3.福祉と教育の接点と課題

障害のある人を巡る取り組みは、障害のある人を社会の主体者とすることにあると言っても過言ではありません。近年の国際的な思潮では、このことがより明確になってきました。2001年にWHOが発表した国際的な障害定義「ICF(国際生活機能分類)」では、障害の問題を、個人の属性よりも個人の周りの状況や環境の問題を大きく取り上げるようになりました。2006年に国連で採択され、2014年にわが国も批准した「障害者の権利に関する条約」では、障害のある人の社会参加等に必要な環境整備や支援は「与えられる」ものではなく、当然の「権利」とすることを求めています。

障害のある子どもの福祉・教育でも同じことが言えます。障害のある子どもがそこでの生活の主体的存在として位置付くよう、生活や環境を整えることが、共通の視座となります。

私はこのような観点から、全国のいくつかの知的障害教育の現場と協働し、子ども主体を大切にする教育実践研究を重ねてきました。しかし、多くの学校では、障害を軽減・克服するために、あるいは将来自立するために、子どもの能力を高めるという考え方が強くあるように感じます。こうした考え方の下では、子どもはどうしても客体的存在に置かれがちとなります。とりわけ知的障害等のある子どもたちは、その障害特性もあって、学校で主体的に生活する存在となりにくいという状況があります。知的障害等のある子どもが、主体的に学校生活に参加し、それぞれの思いと力を発揮するためには、当然の配慮やサポートが提供されるべきです。なおかつ、そのサポートは、学校生活全体をどう整えるかという包括的なものとなります。

子どもが目当てと見通しをもてる生活にするためには、どういう1年、1ヶ月にするか。どのように週日課を組み立てるか、子どもが自ら取り組み、やりがいと手応えのあるテーマや活動をどう用意するか。子どもが自分自身の力で取り組めるよう、どんな手立てを工夫するか。こうした検討を重ね、今の学校生活で、子どもたちが、自分自身を存分に出し切ることができるようにします。「できた!」「やれた!」「もっとやりたい!」。こう感じる経験・機会をたくさん積むことが、この子どもたちにとってなにより必要です。子どもを学校生活の主体者と位置づけ、この子どもたちの生活を、「させられる生活」から「する生活」に転換し、今を豊かに生きる、質の高い生活の実現を図りたいと考えています。一方、施設等福祉の生活の場では、教育の場のような能力向上の観点は強くはないものの、保護的な処遇は今もあるように感じます。福祉の生活の場においても、そこで生活する人たちが主体的存在となるやりがいと手応えのある生活をどう生み出すかという課題はやはり共通していると考えます。

4.ハンディーは「障害」だけではない―教育と福祉の連携・協働

日々、学校に通ってくる子どもたちは多様です。ハンディーは障害だけではありません。障害によるハンディーもあれば、家庭環境にハンディーがある子どももいます。こうしたハンディーがあれば、どうしても受け身に回りがちで、周りから認められる場面や機会が少なく、自分の身の置き場さえ見つけづらくなります。

近年、子どもをめぐる状況は、ますます厳しさを増しています。わが国では、今18歳未満の約6人に1人が貧困とされる水準で生活しています。苦しい経済状況や核家族化、地域の養育力の低下などを受け、子育てを十分できない家庭も増えています。また、子ども虐待も増加の一途をたどっています。近年、発達障害が注目されていますが、発達障害が虐待誘因のリスクであることも指摘されるようになってきました。

子どもをめぐるハンディーは、複雑化・多様化しています。だからこそ、教育の場においても子どもの生活背景に目を向ける視点と取り組みが求められています。教育と福祉の連携・協働は、子ども一人ひとりの姿や生活がその動機であり出発点です。みなさんと教育・福祉の現場に足を運び、それぞれの子どもが置かれている状況を踏まえて、一緒に考えることができたら幸いです。

専門領域の理解を深めるための文献紹介

まずは、障害のある人の思いや置かれた状況を理解することから、始めてみてください。そのためには、障害のある当事者の立場から書かれた本などを読むとよいです。加えて、特別支援教育に関して、知的障害教育を中心に、歴史や経緯、理念を踏まえ、この教育の本質を理解するのに欠かせない一冊と考えている本を紹介します。

  1. 小菅宏「僕は、字が読めない」集英社、2009年。
  2. 仁木悦子「もうひとつの太平洋戦争」立風書房、1981年。
  3. 安積純子ほか「生の技法 家と施設を出て暮らす障害者の社会学」藤原書店、1990年。
  4. 映画「ゆずり葉」(監督:早瀬憲太郎。製作・販売:財団法人全日本ろうあ連盟)
  5. 小出進「知的障害教育の本質―本人主体を支える」ジアース教育新社、2014年。

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