明治学院大学

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社会学部

社会学科

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宮田 加久子 元本学教員 (専攻 社会心理学)

 1 : 社会学とはどのような学問とお考えですか。

社会学とは、ミクロな人間の心理とマクロな社会過程や社会構造とのダイナミックスを探求する学問だと思います。社会の中で人間がどのように考え行動しているか、社会が人間の考えや行動にどのように影響しているのか、逆にこれらの人間の考えや行動が社会をどのように変えていくのか、「人間」と「社会」の相互作用や相互関連性のダイナミックスを明らかにすることを目指していると考えています。したがって、単に社会過程や社会構造を記述し、理解し、予測することを目指すだけではなく、その社会を作りだし、社会過程の主役である「人間(個人)」の視点が必要だと思います。そして、現在を生きている「人間」が直面する様々な問題、たとえば「いじめ」や環境問題、高齢者の問題など、その全てが社会学の研究対象になりうると考えています。

なお、このダイナミックスを明らかにするためには、一定の科学的な方法に基づいたデータの収集・分析・推論が必要だと思います。

 2 : 先生が専攻されている、あるいは、この大学で学生に教えられている社会学とはどのような学問ですか。

専門は社会心理学です。社会心理学は、日常生活の中で人間が他の人と相互に作用しあう過程で、どのように感じ考え行動するのかを追求する学問であり、相互作用過程に人間の心理的特性(社会的認知や価値観など)や社会的環境がどのような影響を及ぼすのかを扱う研究です。したがって、その研究範囲はさまざまな場面で生じる人間関係や、人間と社会の関わりという広範囲に及んでいます。そこで、一般的には社会心理学で対象とする研究は次の三つに大きく分けて考えています。

第1は、社会環境で生活する個人の行動や心理過程を対象とするものであり、具体的には、(1)「他者や自分自身、さらには社会現象に対して、人間はどのような推論・判断を行なっているのか」という社会的認知や社会的動機づけの研究、(2)「どういうメカニズムで人間は他者を好きになったり、助けたり、逆に傷つけたりするのか、対人コミュニケーションはどういう特徴があるのか」という対人行動の研究、(3)他者に説得されたり、同調したり、時には服従するという社会的影響の研究などがあります。

第2は、集団の中での人間行動を対象とし、一人一人がどのような影響を及ぼしあっているのかを、そこでの一般法則を見いだそうとする研究です。具体的には、「集団で課題を遂行する場合は個人でするより生産性が高まるのか」「生産性を上げるためには、集団での仕事の種類とリーダーの特徴のどのような組合せがよいのか」「集団での意思決定は個人の場合とどのように異なるのか」といった問題を扱っています。

第3は、集合行動や人々の社会的事象への関わりを扱う研究です。お互いに面識がなく役割が分化していない人の集まりの中で、人々が影響を与えあって特定の方向に全体的な行動が向かう集合行動、特に流行・流言・世論形成をマスコミュニケーションの影響も視野に入れながら研究します。たとえば、「新しい製品をいち早く取り入れ、流行の先駆けとなる人はどのような人なのか」「流言はどのように伝わるのか」「マスコミュニケーションはどのように受け手に影響を与えるのか」「社会の情報化の進展は人々のコミュニケーションや生活をどのように変えていくのか」という問題を取り上げています。

このように社会心理学が扱う対象は、日常生活で私たちが経験するありふれた現象で、皆が自分なりに理解していると思っている事が多いのですが、社会心理学を学ぶことで、自分なりの理解以外にも別の観点からの説明が存在することをわかってもらいたいと思います。それによって、他者や社会、そして自分自身をより深くいろいろな視点から考えるきっかけになることを希望しています。

また、社会心理学ではこのように広範囲の問題について「説明」をするだけではなく、その説明が妥当かどうかを実験・調査・内容分析・組織的観察という方法で収集したデータや資料に基づいて判断をしようとする学問です。そこで、資料やデータの収集やそれらを読みとる力が育つことも目指しています。

なお、最近は、このように幅の広い社会心理学の中でも、インターネットなどの情報通信技術を介したコミュニケーションが、様々なバックグラウンドを持つ人々とのきずな(社会的ネットワーク)を作り、そのなかで信頼や互酬性の規範を育てていくことができるのか、いわゆる社会関係資本の形成・維持・補完のプロセスに関心を持ち、授業の中でも積極的に話をしています。具体的には、(1)ブログやソーシャルネットワーキングサービスなどのインターネットや携帯通信網を使ったコミュニケーション/サービスの普及過程、(2)それらのオンラインでのコミュニケーションを通じて人と人が結びつき、対人関係を形成し、新しいコミュニティを形成する過程、(3)ソーシャル・サポート授受や商品を巡るクチコミから、社会的ジレンマの解決、さらにはエンパワーメントまで、オンラインを通じた社会的ネットワークが持つさまざまな次元での効果、(4)検索エンジン、ユビキタスネットワークという新しい情報通信技術の利用や、それから派生する知的財産権や個人情報保護などの様々な問題と、逆に情報通信技術を活用したビジネスの可能性について、社会心理学の立場から提案を試みています。このように、インターネットが社会関係資本(Social Capital)に与える影響について社会心理学の視点から理解することを目標に研究しています。

 3 : 1~2年次で読んで欲しい本


1 『服従の心理』(S・ミルグラム 河出書房新社 1980)
「なぜひとは権威に服従するのか」という服従実験の詳細なレポート。古典的な名著であり、「いじめ」や「戦争」といった問題を考える上での必読書である。
2 『冷淡な傍観者―思いやりの社会心理学』(B・ラタネ、J・ダーリィ ブレーン出版 1977)
後の援助行動研究をリードすることになった一連の研究のまとめ。特に、緊急時の援助行動に焦点を当てている。
3 『世論 上・下』(W・リップマン 岩波文庫 1987)
世論が主として少数のステレオタイプ化されたイメージ群から成り立っていることを幾多の例証で分析している。
4 『自由からの逃走』(E・フロム 東京創元新社 1951)
歴史の中の心理的要因と社会的要因の交互作用を扱っている。特に、人間が自由を求め、それが発見できない時に無気力感や孤独感を感じて、かえって自由が重荷になり、自分が帰属できる「権威」を求めるようになるプロセスを歴史の中の例を挙げて指摘している。
5 『ボランティア―もうひとつの情報社会』(金子郁容 岩波新書 1992)
個人が様々な社会問題に関心を持ち、心を痛めたとしても、一人では何もできないという無気力や焦燥感に包まれている現在社会の中で、ボランティアは新しいつながりをつけていくためのひとつの具体的で実際的な方法を呈示するものであることを明らかにしている。
6 『新版 社会のイメージの心理学』(池田謙一 サイエンス社 2013)
「私たちが現実の生活の中で事件や自分の体験を『本当のこと』と感じるのはどうしてなのか」について社会心理学の立場から検討している。スペースシャトル爆発事故のマスコミ報道・パニック神話・血液型性格判断などを例にして、社会的な現実感の成立とその問題点について体系的に検討している。なお、この本は『ライブラリ セレクション 社会心理学』(全16巻、刊行続行中)の中の1冊であるが、このシリーズは、身近なテーマを中心に社会心理学のトピックスをセレクトしてあり、なおかつ解説もわかりやすく、文献リストも充実しているので、社会心理学に興味のある人には便利なシリーズである。たとえば、以下の2冊もこのシリーズに含まれている。
7 『恋ごころの科学』(松井豊 サイエンス社 1993)
「どうして人は人を好きになるのか」、「どんな人が好かれるのか」、といった魅力や恋愛に関する研究を総覧している。
8 『うわさが走る―情報伝搬の社会心理』(川上善郎 サイエンス社 1997)
最も古くからあるメディア―うわさ。どこか謎めいたところもある「うわさ」現象を心理学の立場から解説し、うわさの伝わるメカニズム、うわさを伝える心理やいろいろなうわさの形態、その特徴などを紹介している。
9 『消費者理解のための心理学』(杉本徹雄(編著) 福村出版 1997)
消費者行動の理解ならびにマーケティングに必要な心理学的知識を体系化して紹介している。購買や消費に関連する心理学的な機能や個人的要因、および消費者を取り巻く状況、集団、文化などの外部環境要因を考えあわせることにより、消費者行動の主たる分析対象となる購買意志決定過程を中心に、消費者行動を総合的に説明している。
10 『影響力の武器―なぜ人は動かされるのか』(R・B・チャルディーニ 誠信書房 1991)
人間の態度や行動がどのような要因によって変化させられるのか、6つの原理にしたがってやさしく解説している。また、悪徳商法や宗教勧誘などの例も豊富であり、分厚い本のわりにはすぐに読める。

 4 : 3~4年次で読んで欲しい本


1 『メディア論』(M・マクルーハン みすず書房 1986)
情報・知識の内容だけではなく、それを媒介するメディアの社会的効果を問題とし、新しい電気的技術によって、地球が、いわば村的な相互依存のネットワークまで縮小し、グローバル・ヴィレッジとなることを予見した電子メディア論の出発点。
2 『パーソナル・インフルエンス―オピニオン・リーダーと人びとの意思決定』(E・カッツ、P・F・ラザースフェルト 培風館 1965)
投票行動や購買行動において、マスコミュニケーションよりも、オピニオン・リーダーを介した対人的コミュニケーションの影響の方が大きいことを明らかにし、マスコミュニケーションと対人コミュニケーションの影響の特徴を検証した。社会的ネットワーク(人と人の繋がり)という視点から再度見直しをされている古典的名著。
3 『(改訂復刻版) 沈黙の螺旋理論:世論形成過程の社会心理学』(E.ノエル=ノイマン 北大路書房 2013)
世論が形成される過程についての理論を構築し、その検証をも試みた意欲的研究。特に世論形成にマスコミュニケーションが及ぼす影響を考えるには、必読書。
4 『プロパガンダ―広告・政治宣伝のからくりを見抜く』(A・プラトカニス、E・アロンソン 誠信 書房 1998)
現代に生きる私たちは、大衆操作の企てや集団規範の説得の標的となっている。それらの圧倒的なパワーは私たちの日々の買い物や選挙での投票行動や価値観に影響を与えようとしている。それらからいかに身を守るかを、プロパガンダの歴史と社会心理学に基づきながら論じている。
5 『コミュニケーションの科学―マルチメディア社会の基礎理論』(E・M・ロジャース 共立出版 1992)
個人がイノベーションを採用する過程と、採用者が社会に増加していく普及過程についてのロジャースの「普及学」の理論を、コミュニケーション・テクノロジーに応用して展開している。コンピュータを介したコミュニケーションや情報社会を考える上での必読書。
6 『孤独なボウリング―米国コミュニティの崩壊と再生』(R・パットナム 柏書房 2006)
社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)が幸福な暮らしと健全な民主主義にとっていかに重要かを膨大な調査データから立証した全米ベストセラーの政治学の完全翻訳本である。
7 『信頼の構造―こころと社会の進化ゲーム』(山岸俊男 東京大学出版会 1997)
私たちが他者を信頼するようになるプロセスについて、豊富な実験の結果から検討し、「信頼の解き放ち理論」という形で、理論化を試みている。また、信頼の日米比較を通じて、集団主義的文化と言われる日本文化を心理特性と社会的環境の特性のセットとして解釈しようとしている。全体を通じて、私たちの生活の中でいかに信頼感の形成が重要な役割を果たしているかが実感できる良書である。
8 『こころと社会』(池田謙一、村田光二 東大出版会 1991)
認知社会心理学の立場から、コミュニケーション・世論形成・価値の変容などの幅広い社会現象を扱っている。
9 『人を支える心の科学』(松井豊、浦光博(編) 誠信書房 1998)
人を助ける援助行動と、「人から支えられることがどのような効果があるか」を問うソーシャル・サポートの最新研究を踏まえて、対人関係の質について検討を加えている。
なお、この本は『対人行動学研究シリーズ』(全7巻)の中の1巻であり、このシリーズでは社会心理の様々なトピックスについての最新の研究が紹介されている。
10 『インターネット・コミュニティと日常世界』(池田謙一 編著 誠信書房 2005)
私たちの日常を凄まじいスピードで変え続けるインターネットの流れはどこへ向かうのか。本書は、ブログ・オンラインゲーム・SNSなどの最新のコミュニケーション手段に触れながら、ネットの「いま」と「これから」を論じる。

 5 : 先生の代表的な著書または論文を二つか三つ教えてください。


1 『ネットが変える消費者行動―クチコミの影響力の実証分析』(共編著 NTT出版 2008)
第4回吉田秀雄賞受賞。
パソコンやケータイからネットにアクセスすると、消費者自身による商品評価のブログや掲示板などの口コミ情報が大量に見つかる。それらの情報を消費者がどのように評価して消費行動に活用しているのかを分析する。
2 『きずなをつなぐメディア―ネット時代の社会関係資本』(単著 NTT出版 2005)
第7回日本社会心理学会出版賞受賞、第14回2005年度大川出版賞受賞。
人と人、組織と組織をつなぎ協力を促進し、社会的ジレンマを解決する、エンパワーメントする。このような効果を持つ社会関係資本を形成/拡大するのにインターネットが果たす役割を多角的に論じている。
3 『インターネットの社会心理学―社会関係資本の機能から見たインターネットの機能』(単著 風間書房 2005)
社会心理学の視点から、インターネットが個人の対人関係や地域コミュニティ、さらには社会のあり方にどのような影響を及ぼすのかを、膨大な実験や調査のデータを用いて、詳細に解説している。
4 『メディアサイコロジー―メディア時代の心理学』(共著 富士通ブックス 1997)
第1回日本社会心理学会島田賞受賞。
オンライン・ショッピングなど、インターネットを活用した行動とそれを実施するユーザの心理を、様々な側面から検証した。
5 『ネットワーキング・コミュニティ』(共著 東京大学出版会 1997)
「パソコン通信やインターネットなど電子情報の爆発の中で、人間関係やコミュニティはどう作られ、どう変わるのか」、「何にリアリティを感じるのか」について豊富な調査データから検証をしている。
6 『電子メディア社会―新しいコミュニケーション環境の社会心理』(単著 誠信書房 1993)
電気通信普及財団第9回「テレコム社会科学賞奨励賞」受賞。Information Culture Center of Koreaより1994年に韓国語訳出版。
学校教育の現場や家庭生活等、私たちの生活の中に否応なく入り込んでいるコンピュータやニューメディアなどの電子メディアが個人に与える影響を考察し、それを道具としていかに有効に活かし自分らしく使いこなすかを考える。情報通信技術の普及とその社会的影響について実証的データを用いて論じたパイオニア的著作。
7 『無気力のメカニズム―その予防と克服のために』(単著 誠信書房 1991)
「学習性無気力(learned helplessness)」理論を中心に、様々な分野での無気力現象を読み解く。なかでも、「テクノストレス」「テクノ依存症」というパソコンやゲーム利用が持つ問題点を、社会心理学の立場から解説している。

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