人類学が長らく思想的基盤としてきた文化相対主義は、自己と他者の間の差異を階層的に捉えることを否定し、それらが相対的な関係にあることを唱えたものです。他方で、1990年代頃より、この思想は自文化中心主義者らにより誤用され、他者への無関心や思考停止を支持する理論として使われることもありました。このような他者との断絶を志向する自文化中心主義的な態度に陥らないためには、他者とのつながりを志向する学説や理論を理解するだけでなく、具体的な行為実践とそこから生起する共同体の諸相について、身をもって知ることが必要になると考えます。
本演習の指導教員は、東アフリカにフィールドを持つ人類学者であり、現地に住み込み、人々の生活に参与しながら、彼らの相互行為を観察しそれを理解しようと試みてきました。このようなフィールドワークは人類学が得意としてきたものです。このような人類学的方法論は、アフリカといった距離的にも心理的にも日本から遠く離れた地域を想定して研鑽されてきたわけではありません。今日では、ラボラトリー、官僚組織、大学、ライブハウス、ギャル・サークル、部活動など多様な組織・コミュニティが分析対象となっています。
わたしたちが生活する社会は、さまざまなレベルの他者性に満ちています。民族・文化的な他者のみならず、信仰、思想、性別など、わたしたちは、大なり小なり自己と異なる人々と隣り合って生活を営み、ともに社会のメンバーとなっています。「演習1」では、このような他者とのつながりに焦点を当てます。
他者について考えることは、自己と他者の境界について考えることを必要とします。その境界の多元性や動態性に目を向けることで、他者を自己から徹底的に切り離して本質的な「他者」として描き出すような、自己本位的な他者表象から逃れることが可能となるはずです。「演習1」では、さまざまなエスノグラフィーや理論書を読みながら、「わたし」との関わりを通じて他者を描き出す術を学びます。
異なる属性を持つもの同士が、どのように共同体の一員としてともに暮らしているか、あるいはどのようにしてそれが不可能となるか。人類学的な知見に基づき、理論とフィールドワークを駆使して、この問題に取り組んでいきます。
【エスノグラフィー、生活史】
【理論書、その他学術書】
春学期は、学期を通じて文献講読を行います。学期の前半は理論書を読みます。担当者は作成したレジュメに沿って発表を行い、その後に皆でディスカッションを行います。同学期の後半はエスノグラフィーを読みます。
秋学期には、それぞれの興味を深化させるための授業を行います。具体的には、卒業論文でエスノグラフィーを行うことを希望される方には、準備に取りかかってもらいます。方法論を学習したのち、各自が調査対象を定めて予備的なフィールドワークを行い、授業で進展を発表します。年度末には、フィールドワークの成果を「ゼミ論文(ミニ・エスノグラフィー)」として提出してもらいます。
文献調査を希望される方は、秋学期も文献講読を続けます。春学期は問題関心を発見するための講読である一方、秋学期は各自の問題意識を先鋭化させるための精読です。抽象的な議論に触れる機会が増えていきますが、正確に論旨を掴む能力を養う良い機会となるはずです。こちらの希望者には、年度末に「ゼミ論文(文献調査)」を提出してもらいます。
どちらのゼミ論文も文字数は8,000字以上を想定しています。